幕末のヒーロー坂本龍馬
龍馬伝関連エントリー
- 歴史ブームの到来
- 元々、歴史が好きな女性は大勢いると言われていましたが、2008年後半あたりに、そのなかでもとくに20歳〜30歳の若い女性の動向が注目され始め、彼女たちを指して「歴女」と言う言葉が生まれました。
- 「歴ドル」とは
- 「歴ドル」と言うのは、歴史に詳しいアイドルである「歴史アイドル」を略した言葉です。
- 福山雅治
- 「龍馬伝」ときけば、女性のみならず男性も、福山雅治さんの名前が頭に浮かぶのではないでしょうか。2010年大河ドラマ「龍馬伝」の主役、坂本龍馬を演じられているのが、福山雅治さんです。
- 龍馬伝の中の福山雅治
- これまでにも、沢山のドラマや映画に俳優として出演なさっている福山雅治さんですが、感情を表に出す場面と言うのは、これまであまりなかったそうですよ。
- 坂本龍馬幕末歴史検定
- 幕末の歴史についての知識等の監査だけでなく、そういった人たちとの知られざるエピソード等についても出題されています。
- DVD「坂本龍馬の生涯」
- 坂本龍馬の生涯に迫るドキュメンタリー「坂本龍馬の生涯」が、DVDで発売されています。
- 小説「竜馬がゆく」
- 龍馬伝としてよく知られている本の一つに、作家・司馬遼太郎さんの作品である「竜馬がゆく」があります。この小説は、1962年6月21日から産経新聞の夕刊において連載が始まり、約4年後の1966年5月19日に終えました。
- 「竜馬」としてのイメージ
- 司馬遼太郎さんは、自分の描く、こうした龍馬の人物像をフィクションとする為に、あえて「竜馬」と表記したとされています。
- 龍馬の人気
- 今では、幕末の志士のなかでも、その人気が常に上位を占めている坂本龍馬ですが、龍馬の存在が認められはじめたのは近年の事だそうですよ。
- 坂崎紫瀾
- 坂本龍馬の名をはじめて世のなかに知らしめたのは、坂崎紫瀾(さかざきしらん)とされています。坂崎紫瀾は、明治期のジャーナリストであり、小説家、歴史研究家、自由民権運動家でもありました。
- 新しい龍馬像を求めて
- NHK大河ドラマ「龍馬伝」は、そういった、既存の坂本龍馬のイメージをかんがえ直す事から始められたそうですよ。製作に当たって肝に命じている事は、「わかったような気にはならない事」だとしています。
- 「龍馬伝」のなかの龍馬像
- 坂本龍馬の人気が高いのも、龍馬の持つ楽天的かつ豪放磊落でありながら、友情に厚く限りなく優しいと言うイメージが、高度経済成長期であった、昔の時代が求めるヒーロー像にマッチしていたからでした。
- 脚本家のかんがえる龍馬像
- 福田さんは、「龍馬が『(イメージの中の)龍馬』になるまで」を、この「龍馬伝」のなかで描きたいと話されています。
- 福山雅治が抱く龍馬像
- 「龍馬伝」のなかで、坂本龍馬を演じられている福山雅治さんの抱く龍馬像についてご紹介しましょう。
- 演出家からみた龍馬像
- 大河ドラマ「龍馬伝」の演出は、大友啓史さんが担当されています。大友さんが「龍馬伝」のなかで描きたいとしている龍馬像と言うのは、どういうものなのでしょうか。
- 龍馬を演じた俳優たち
- 過去にも、龍馬伝だけでなく、幕末を題材にしたテレビドラマや映画が数多く製作されています。そのなかで坂本龍馬を演じてこられた俳優をまとめてみました。
- 坂本龍馬の家系
- 坂本家の家系として記録が残っているものは、1588年(天正16年)の才谷村の検地での、3番目の百姓としての登録がはじめのようです。この事から、三代目太郎左衛門までは名字を持たない百姓の身分だったとかんがえられています。
- 龍馬の人となり
- 坂本龍馬の人となりは、正史のなかではあまり残されてはいないとされています。その手がかりとする為に、同時代を生きた人物の言葉を集めてみました。
- 龍馬の名言〜1
- 龍馬の残した名言は多く、多様な龍馬伝のなかでも取り上げられていますが、中には、人伝えとして残されているものも少なく御座いません。ここでは、史料として実際に残されている名言をご紹介しましょう。
- 龍馬の名言〜2
- 多くの龍馬伝では短い言葉として使われていますが、実際は、姉の乙女に宛てた長い手紙のなかの一節を抜き出したものです。その書状は京都国立博物館に所蔵されています。
- 乙女宛の手紙
- 姉の乙女宛の手紙が比較的多く、13通、乙女宛と推定されるものや、乙女との連名宛のものを含めると18通となります。
- 坂本乙女
- 坂本乙女は龍馬のすぐ上の姉で、坂本直足の三女となります。龍馬の乙女宛の手紙には「おとめ」と書かれていますが、乙女は「とめ」と表記される事もあります。
- 坂本直足
- 坂本直足は、坂本家三代目当主にして、坂本龍馬のおやじです。隠居後に八平と名乗るようになったために、坂本八平の名前でも知られています。
- 「修行中心得大意」
- 19歳になった坂本龍馬は、剣術修行の為江戸へと向かいます。その龍馬へ、父・直足は、「修行中心得大意」と題する訓戒書を書いて渡してきました。
- 岩崎弥太郎
- 岩崎弥太郎といえば、三菱財閥の創業者として知られていますが、弥太郎が巨万の富を得たのは、明治維新後であり、龍馬と交流があった頃は貧しい地下浪人の身分でした。地下浪人と言うのは、郷士の株を売ってしまった浪人の事を言います。
- 土佐藩階級
- 関ケ原の戦いの後、掛川(静岡県)から山内一豊とともに引き連れられた武士たちは「上士」と呼ばれ優遇されましたが、旧領主である長宗我部家の遺臣たちは一領具足の層のものが多く、郷士と言う「下士」として、農作業をしながら戦時に備える下級武士として扱われました。
- グラバー商会
- トーマス・ブレーク・グラバー氏は、幕末の長崎に「グラバー商会」を設立し、貿易業を営んでいました。
- 「日本ではじめて」の事
- 多くの龍馬伝のなかで「時代の先を行く人物」とされている龍馬です。その元となる逸話をご紹介しましょう。
- 土佐弁
- 土佐弁は、語尾に使用する言葉に特徴があるようです。状態を表す「〜ている」は「〜ちゅう」で、「行っちゅう」や「知っちゅう」等となります。
- 五色石
- 桂浜は、弓状の砂浜の海岸ですが、昔の桂浜には、「五色石」といわれる玉石が沢山あったそうですよ。五色石と言うのは、その名前の如く五色の色をした石です。